長誓寺について

真宗大谷派のお寺です

長誓寺

長誓寺の歴史

長誓寺は、もともと天台宗の寺院「長専(仙)寺」として一宮市馬見塚付近にあったといわれていま す。その後、本願寺の布教活動が活発であった三代覚如上人の時代(今から600年ほど前)に浄 土真宗に改宗しました。本姓小嶋氏、俗名「浅井の亦太郎」といわれた武家が出家して善栄と号し、 浄土真宗の初代となりました。善栄(1396年没)は、現在の浅井山公園の温故井池北付近の経塚 から阿弥陀如来像を発掘し、これを池の北の神明社壇(堂山塚)に遷し、速やかに寺堂を修造して、 長誓寺本尊としたといわれています。小嶋山の山号は開基善栄の本姓から、現在寺族が名乗って いる「堂宮(たみや)」は長誓寺発祥の地である堂山の「堂」とすぐ隣の神明社の「宮」からとっていま す。


長誓寺本堂(旧渡辺半蔵邸書院)

威光院本尊大日如来

長誓寺現本堂は、明治7年に名古屋城三の丸にあった尾張藩家老渡辺半蔵の上屋敷評定 所を移築したものです。廃藩置県の際に当時の渡辺家当主半蔵規綱から譲り受けました。(ちな みに、この渡辺半蔵規綱は裏千家11代玄々斉の兄に当たります。)正面12間、側面8間の単 層入母屋造りで、書院窓や武者隠しなどの武家屋敷の特徴が残っています。屋根は錣屋根で、 途中で段をなしており、端飾り瓦には渡辺家の家紋(三つ星に一文字)があります。建立は江戸 時代初期と考えられます。


長誓寺の文化財

シダレザクラ

シダレザクラ/一宮市指定文化財

本堂前のシダレザクラは樹齢およそ250年。ソメイヨシノよりも早く咲き始め、例年3月下旬が見頃です。高さ10メートル、枝張りは東西8メートル、南北10メートル。

カイズカイブキ

カイズカイブキ/一宮市指定文化財

本堂前にあるカイズカイブキは、現本堂が建てられる以前からあり、樹齢300年以上と推定されます。高さ20メートル、枝張りは東西南北ともに8メートル。カイズカイブキは雌雄異株ですが、本株は雌株です。

木造阿弥陀如来立像

木造阿弥陀如来立像/一宮市指定文化財

上品下生の印(来迎印)を結ぶ平安末期頃の藤原仏です。当寺の開基善栄が現在の浅井山公園の池の北にある経塚から発掘したと言い伝えられており、現在は玄関書院に奉られています。像の表面に見られる破損は、天明5年(1785年)の雷火による本堂全焼のときに受けたものです。像高63センチ。

浅井万金膏

力士像・慰霊碑

当寺の東隣にある浅井森医院は「浅井万金膏」で知られ、かつては大相撲名古屋場所の際にけがをした力士たちが治療のため訪れました。その後も浅井森医院で暮らし、この地で亡くなった力士は長誓寺で葬られ、追悼のため力士像が建てられました。慰霊碑は横綱常陸山の書です。


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